帽子専門店 muak(ムアック)の紹介記事

タイのチェンマイを拠点としてバンコクの伊勢丹などにも出店している帽子専門店muak(ムアック)は日本のメディアでも紹介されています。そんなmuak(ムアック)の帽子に対する想いを綴った記事を紹介します。

種まく人 WiSE Yell

チェンマイの伝統×Muak
”帽子”づくりから広がる未来


在タイの日本人女性から熱烈な支持を集める帽子屋「Muak(ムアック)」。
そのお店を営む二人はチェンマイで出会い、帽子屋として人生を共にすることを決めました。その歩みと現在地、そしてこれからについて。
肌にやさしく馴染む柔らかな生地、レースやリボンをあしらった高いデザイン性、遊び心あるフォルム、選ぶ楽しさを教えてくれる多彩なバリエーション
Muakの帽子の魅力は、ひと言では語り尽くせません。
そんな帽子をチェンマイでつくり続けているのが、浅野諭史さんと恵美さんご夫婦。時には主役として、時にはアクセントとして。風が通り抜けるように軽やかに”帽子のある暮らし”を私たちに提案してくれます。
もとは、二人とも服飾デザインが専門。けれど、今はなきチェンマイの帽子工場「サイアムナカダ」との出会いを機に、帽子づくりの道へ進むことになりました。
「なぜ服から帽子へ?と疑問に思うかもしれませんが、作業の基本は同じです。より気軽に、自由に創作できる帽子の方が性に合っていたんだと思います。付属のアレンジで印象がガラッと変わるのもおもしろいですよね」と諭史さん。
タイで初めてお店を構えたのは2012年、バンコク伊勢丹の一角。その前年に行われた出展イベントに参加したのがきっかけでした。当時はまだ日本に住みながら帽子をつくっていた二人ですが、イベントが大盛況だったことにより、移住を決意しました。

「被り心地がいいのは当たり前。帽子はバランスが一番です」

チェンマイのトレンド発信地として賑わうニマンヘミンに本店を構えたのは、移住から2年後。最初の頃はお客さんが全く来ず、苦心したことも。「オープン前後は、とにかく冷や汗ダラダラ(笑)。当時、1か月ほどお客さんが全然来ない時期があったんです。何でだろうと考え抜いた結果、たどり着いた答えは”ドアを開ける”というシンプルなものでした」。
光の反射により通行人側からは中の様子が全く見えなかったのが、ドアを開けることで解消。それからは面白いようにお客さんが増え、Muakの名前は徐々に浸透していきました。この体験から諭史さんはお店の造りをより意識するようになり、それが今の店舗にも繋がっていると言います。今ではチェンマイ2店舗、バンコク4店舗、ホアヒン1店舗と拡大中。近年は帽子だけでなく、タイ雑貨やアジア近郊から買い付けた陶器やアクセサリー、衣類なども並び、お店のカタチが変化してきています。
けれど、変わらずに在り続けるのは”チェンマイならでは”の物をつくること。
「チェンマイは、昔から伝わる手織りの技術やデザインのレベルが高いんです。けれど、決まったデザインしかつくらず、今の人たちにとっては魅力的に見えないことも多い。技術があるのに、本当にもったいないと感じています。だからこそ、私たちが間に入ってその技術を生かした商品を生み出すことで、より多くの人たちに知ってもらえたらと思います」。
チェンマイの伝統技術を使った手織りの布や手縫いのニットが、二人の手を通ることで今の時代に合った帽子やバッグ、洋服、ポーチに変身。時代を超えて、私たちの元に届けられています。
さて、そんなMuakの次なる道は?
「まだハッキリとは言えませんが、今までとは少し違う展開を考えています。まだまだ楽しみは尽きませんね。Muakというブランドを軸に、その枝葉をどんどん広げていきたいです」。
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繊研新聞 新興・個性派 2015年7月6日

タイで急成長している帽子の製造小売業がある。
浅野諭史社長がタイ北部のチェンマイで11年に立ち上げたビークデザインだ。
チェンマイの自社工場で作る帽子をバンコク伊勢丹とチェンマイの路面店で販売し、タイ人のファンを増やしている。
タイに帽子文化根付かせる
毎日デザイン

「タイで勝負してみたい」とチェンマイでビークデザインを立ち上げ、妻の恵美さんと夫婦でデザインし自社工場で生産、2店舗で販売する製造小売型を確立した。3年前、日本の帽子専門店のOEM(相手先ブランドによる生産)を手掛けながら、レディス中心のオリジナル「ムアック」をスタートした。11年にはバンコク伊勢丹へ出店、去年はチェンマイに2層、90平方メートルの路面店を開いた。当社の年間売上高は400万バーツ(1バーツ=約3.7円)だったが、現在では1,500万バーツ規模になり、工場では23人の従業員が働く。
現在はOEM委託は1社のみ。「人気モデルの素材変更も含め、ほぼ毎日デザインする」と言い、OEM分を合わせ、年間200もの新作を出す。中でも競馬騎手の帽子をモチーフにした「ジョッキーハット」シリーズは15年だけで約5000個売れたヒット商品だ。ほかにも、チェンマイの手織り生地やタイの少数民族の伝統生地を使うなど「生地や素材などでタイらしさを取り入れたり、店頭ニーズをデザインに反映する」ことでタイ人の心をつかむ。

帽子は労働者用?

好調なバンコク伊勢丹店の客はタイ人が8割、日本人が2割。タイの富裕層に支持されている点が特徴だ。「ここまでくるのにすごく苦労した。タイでは帽子は労働者がかぶるものでファッションアイテムではない」からだ。しかし「だからこそチャンスがある。帽子をファッションとして楽しむ文化をタイに根付かせる」と帽子の楽しみ方を接客で伝え続けた。徐々にファッション商品として認知が広がり、地元の雑誌やテレビにも取り上げられるようになり、売り上げが伸びてきた。
ムアックは1000-1200バーツが中心。「労働者アイテムにそんなに高い金を払う人はいない」と言われ続けたが、「日本」を切り口に踏ん張った。タイには日本好きが多い。「日本人がデザインするタイのブランドだと接客すると、デザインや品質への安心感からか買うハードルが下がり、リピーターになる確率が高い」と話す。「それでも高いと言われるので、買うか買わないかのボーダーの1000バーツを一つの基準に価格を決めている」
帽子以外にもオリジナルのバッグや丸椅子を作ったり、小物雑貨も充実する。「特に小物雑貨は重要、配置や見せ方を工夫することで来店頻度や帽子の売れ方が大きく伸びる」と客の反応を見ながら日々、商品や店頭のディスプレーを変えている。
今後は、小売り事業をさらに伸ばす。バンコク伊勢丹店は今秋に移転増床する予定で、来春にはバンコク市内に路面店を開く。「日本で同じことをやっても埋もれていたかもしれない。タイ語でのコミュニケーション、生地屋附属などの仕入れ先を開拓し続けるなど苦労は多いが、日本人がデザインするタイブランドだからこそタイ人が注目し、メディアも取り上げてくれる。タイで成功し、アジアに広げますよ」と頼もしい。
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読売新聞 「人 世界が舞台」 2015年8月15日

オシャレ帽子「開拓者」に

カフェや雑貨店が軒を連ねるタイ北部チェンマイ・ニマンヘミン地区。昨年6月に出店した帽子店「Muak(ムアック)」は、タイや中国、日本人などの観光客でにぎわう。店に並ぶ70種類のおしゃれな帽子やカバンは、いずれも独自でデザインし、直轄の工場で作り上げたものだ。
「自分が作ったものを、目の前でお客さんが評価してくれる。売れると思ったものが、ダメだったりすることも……」。諭史さんは照れくさそうに笑う。
夫婦の出会いも、チェンマイだ。恵美さんは、2005年から当時の日系帽子製造工場でデザイナーとして勤務。日本のアパレル会社を辞めてタイを旅行していた諭史さんは、恵美さんと知り合い、同僚になった。
だが、工場の本社が08年に廃業。帰国を余儀なくされたが、後ろ髪を引かれた。タイ人の手先は器用で、製造コストも安価、経験を積んだ同僚もいる。「いつか戻ってくる」と誓い、日本で帽子の製造を始め、企業の準備を進めた。日本の大手帽子会社との製造契約も得たところで、11年にチェンマイに工場を開いた。
タイ語も十分に話せず、生地の仕入れや出荷、税務問題など苦労が続いた。「とにかく目の前に起きたことを片付ける」(恵美さん)と必死で切り盛りした。従業員23人とは、批判も承知で「友だち関係」を目指して、相互扶助の関係を強固にした。肩肘は張らず、商品の基本概念は流行を意識した”売れ線”に。諭史さんは「売れなければ食べていけない」と笑う。
双方がデザインを担当していることから、「そんな帽子は売れない!」と夫婦げんかになることも。それでも、諭史さんは「妻は生地に合わせパッと素晴らしいものを作る」といい、恵美さんも「夫は店に足りない商品を考えて作る」。2人の間にあるのは、お互いに対する敬意だ。
年間製造数は4万個を超え、バンコク伊勢丹に2号店も構えた。タイでは、「オシャレな帽子」は未開の分野で、現地メーカーはほぼ皆無。夫婦は「まだまだ成功ではない。タイで『開拓者』の店にしたい」と口をそろえる。
諭史さんの座右の銘は、「不平不満を言うよりも進んで灯りをつけましょう」。恵美さんは「為せば成る」。恐れず、一歩ずつ。夢を共有する夫婦の挑戦は続く。
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